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行き場がなくて上を見上げた 空の色はもう青だった

   

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04




これから、この4日間のことを書いていきたいと思います。

昨日の記事を読み返して思ったんだけど、
文体にまとまりがない……。



個人的な感想がベースになりますが、
どうぞお付き合いください:)



+++



6日夜、夜行バスの中。
これから始まる数日間を想像して、ただ自分はドキドキしていた。

どんな毎日になるんだろう。

想像が出来なかった。まるで未知の世界だった。
ただ、これまでの2ヶ月間の準備があって、やっと行くことが出来るのだから、
それまでの経緯を忘れないようにしようと思った。

たくさん働いて、しっかり貢献して、
いろんなことを学んで、ちゃんと成長して、
行って良かったと心から思えるような日々を過ごしたい。

ただそれだけが心にあった。本当に。




そして辿りついた盛岡。
朝早くから来てくださった岩手大のみなさんと合流し、
向かった先は宮古。

途中で道に迷ったおかげ(?)で海沿いを走ることができて、
そこで初めて「被災地」を目にした。


何も残されていない、まっさらな土地。
寂しいくらい、無機質に片付けられただけの、街並み。
そしてその先に広がるのは、穏やかでキラキラ光っている海。


正直、涙が出そうだった。
胸が潰れそうになると同時に、恐怖心が生まれた。

こんなに綺麗な海が、あんなに恐ろしい姿に変わって、
この現実を生み出したのかと考えると、
身震いがする想いだった。


壊された建物の跡を目にするたびに、
今まで何度となくテレビで見てきたあの津波の映像が頭をよぎった。


緑もたくさんあって、すごく素敵な街だったけど、
ところどころ、赤茶けた木があった。
それは塩害なんだ、と岩大の方に教えてもらった。

波をかぶった木は、海水の影響で赤く染まってしまう。
だから、木がどこまで染まっているかが、
津波の被害がどこまで広がったのかを知る手掛かりになるのだという。

それがなんだか、とてもリアルに津波の被害を感じさせた。



また、川の水門を閉めるかどうかで、被害が地域によって変わったんだと
その同乗した岩大の先輩(なんと宮古市出身)は言っていた。


水門を閉める。
そうすると、その川の上流地域は、大きな津波被害を受けずに済む。
だけど、水門付近の地域で逆に被害が大きくなってしまう。

だからそのタイミングが重要で。
被害を受けても特別に平気な地域などないのだから。
うまい具合に、大きな自然の力を分散させる必要がある。

それが何よりも難しいこと。だけどやらなければいけない。
今回の震災はそういった改善点を浮かび上がらせた、
これからはそこも考えていかなければいけない、と
力強く、その先輩は言っていた。




そう、力強く。





ボランティアセンターで割り振られた仕事は、
泥上げ(と草刈り。自分はもっぱら泥上げだったけど)。

経団連のボランティアさんをはじめとする、数個の団体さんと共に
総勢40人くらいだったのかな?で、行った。

もともと駐車場とかだったのかなあ。
海のすぐ側だったのだけど、それすらよくわからないくらい
一面が泥…というかヘドロ?に覆われてしまっていた。

私はすぐマスクをしてしまったので臭いはよくわからなかったけど、
海水独特の、嫌な、臭いがしていたと言ってる人がいた。


とにかく一面がヘドロ。
その中に、私物と思われるものがたまに紛れている。

だから私達はひたすら、
元の土壌が出てくるまでスコップでヘドロを掬いあげ、
それを土のう袋に詰め込むだけ。
二人一組になってその作業を黙々と続けた。




リーダーさんによってきっちり30分に1回休憩が入れられ、
スポーツドリンクの差し入れ(と言っていいのかわからないけど)もかなりあり、
屋根がある場所だったので日陰で休むこともでき、
環境としてはとても恵まれた場所だったと今は思う。

またあとで書こうとは思っているけど、
本当にボランティアさんの体調への気遣いが徹底されている。
そう感じた。
だから、作業は疲れたし、身体中が痛くなったけど、
そんなに辛くも苦しくもなく、本当に無理なく、することができた。



ゲームに使うカード(遊戯王みたいなやつ。何かまではわからなかったけど)が入った
ホルダーが出てきたときは一瞬息が詰まった。

改めて、今自分が片付けているのは、
誰かの生活を壊してどこからかやってきた津波の痕なのだと突き付けられたようで。



ああ、これが現実なんだ、とぼんやりと思った。





だけど、だけど。
出会う人も生活も、みんな「普通」なんだよ。

ボラセンで働く人はみんな笑顔で、元気で、動いている。
作業中も小さな子供が遊ぶために走って通り過ぎて行ったり、
前の道を宅急便の車が走って行ったり。


下を向いている人なんていない。

もちろん心の傷は計り知れない。
絶対にみんなが何かを抱えていて、
簡単には消化できない想いが胸にはあるはず。

だけど、それを押し込めて、生活をしている。
想像していたよりもずっと当たり前の生活を。


これが、震災後5ヶ月の宮古市の姿だ、と思った。


街は傷ついてまだ完全に戻っているわけではない。
だけど、被災地でもどこででも、日々は続いている。
きっと想像よりも遥かに早く、
人々は立ちあがって、再び歩き始めている。



そのことを突き付けられて、
一体自分は今まで何を考えていたのだろうと思った。

当たり前のことなんだ。
時間は止まるわけでも、ましてや戻るわけでもない。
もう5ヶ月。
前を向かないと、生きていくことなんて出来ないのに。
まさか自分は、被災地に生きている人みんながまだ、
涙で濡れた顔をしているとでも思っていたのだろうか。
もっと切羽詰まった、苦しい表情をしているとでも考えていたのだろうか。
そんなこと、あるわけないのに。

自分の甘さを、
関東という場所にいる自分がいかにちっぽけな世界でしか想像していなかったかを、
突き付けられた思いがした。



人の強さを感じた。






ボランティア作業は、無事に完了。

自分1人の力の小ささと、その小さな力が積み重なった時の大きさを、
これ以上ないくらい、同時に感じることができた。




自分のため?人のため?


そう考えるとやっぱり、両方ある、としか言うことができない。
でもそれでいい。
私は、私達は、間違いなく依頼主さんのためになった。
それだけで、いい。

心からそう思った。






夜、「かわいキャンプ」という宿泊所に泊まった。
そこで出会った数名の女性の方。みなさんとても良い人だった。

そのうちの1人が、

「ここに悪い人なんていないよ」

とアッサリ、至極当たり前のように言った。

私はその言葉が、その口ぶりが、鮮明に耳に残っている。
今自分がいる場所はそういう場所なんだ、と。
初対面の人とでも普通にお話が出来る機会に出会えたんだ、と。
そのこと自体に意味があるような気がした。







+++



一日目はこんな感じ。
二日目に続きます。
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某大学の経済学部1年女子による
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あくまでも個人記録なので悪しからず。

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